このページでは、当会の役員で現役薬剤師でもあり、大学でも教鞭をとっている【どらごんPh.D】氏による医療福祉制度の解説を概要として掲載します。

医療と福祉の制度について

OSLと診断されたことで利用できるかもしれない制度をご紹介していきます。各論についてはそれぞれのページを設けますので、そちらごご参照ください。 以下は、難病対策がどうして生まれ、どのような性質のものなのか?をご理解いただくための文章です。長いですが、制度を上手く活用するためには、制度のバックグラウンドを知ることがとても大切ですので、お暇な時にでも読んでみてください。

 難病と聴いて皆さんはどんな病気を思い浮かべるでしょう?難病患者同士ですから、OSLとか筋ジストロフィーとか現在難病対策の対象となっている病気の名前が出てくるとは思いますが、一般的に「難病」と捉えられるのは「不治の病」。すなわち、「かかったら一生治らない病気」「かかったら死んでしまうような病気」のこと。したがって、がん・脳卒中・糖尿病・高血圧といった生活習慣病や、エイズ・H5N1型鳥インフルエンザなどの感染症も難病と言えるでしょう。

 ただし、これはあくまでも「現在の日本」にとっての話。時代を50~100年ほど遡った頃の我が国で最も多くの命を奪っていた病気は結核です。当時は治療法治療法が確立されていなかったため、かかったら高原のサナトリウムに隔離されて、病室のベッドから窓の外を見上げて「最後の一葉が落ちるのが先か、自分が死ぬのが先か…」なんて文学作品が生まれる余地があったわけですが、多分今の若い人たちに「サナトリウム文学」なんて言っても分かってもらえないくらい、結核は忘れ去られた病気になってしまいました。(現在結核は再び恐ろしい病気となってきましたが、話の性質が違うので詳細は略します)

 もっと時代をさかのぼると、中世のヨーロッパでは黒死病と呼ばれた死の病が猛威をふるっていました。今でいうペスト(感染症)のことです。ネズミなどのげっ歯類が持っているペスト菌がノミなどを媒介してヒトに感染すると皮膚がどす黒くなって死に至るのでこの名が付きましたが、今の日本に「ペストは難病」と思う人がいるでしょうか?→いないですよね?

 で、ここで何が言いたいのか?と言えば、「難病」の中身は固定していないということ。衛生状態や医療水準によって、難病の対象となるものは異なるということです。「脊髄損傷で身体に麻痺」も現在の医療では治せない難病の一つですが、再生医療が進めば注射一本で身体が動くようになるかもしれませんし、骨化した靭帯も飲み薬で元に戻るようになるかもしれない。こうなったら、OSLは難病では無くなります。
医学の進歩とともに難病という語の対象も変わる

 難病の内容が変われば、対策として必要な物も変わるのです。

 昭和30年ごろに、スモンと呼ばれる原因不明の奇病が各地で発生しました。後になって、スモンの原因は「キノホルム」という整腸剤の中毒だと分かりましたが、当時の厚生省は手の付けどころのない病気をどうやって解決するか?に頭を悩ませたようです。そこで昭和47年に打ち出されたのが、難病対策要綱です。

 http://www.nanbyou.or.jp/pdf/nan_youkou.pdf

 現在の難病対策もこれに基づいて行われていますが、法律でも省令でもなく事務次官通達(政府機関内の上意下達の文書)です。「難病対策に法的根拠を!」と言われ続けて、ようやく平成25年4月に障害者自立支援法が「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」に改正されましたが、まだまだ完全に法的根拠を得ているとは言い難い状況が続いています。

 現在もなお対策の根拠の一つとなっている難病対策要綱において、難病は
(1) 原因不明、治療方針未確定であり、かつ、後遺症を残す恐れが少なくない疾病
(2) 経過が 慢性にわたり、単に経済的な問題のみならず介護等に著しく人手を要するために家族の負担が重く、また精神的にも負担の大きい疾病
と定義されています。これだけですと、実は前回の「がん」や「エイズ」も該当します。が、難病対策は、これらを対象とはしません。なぜか?といえば、対策要綱の最後の文章に「なお、ねたきり老人、がんなど、すでに別個の対策の体系が存するものについては、この対策から、除外する。」とあるからです。

 私は、おそらくこの部分こそが、難病対策のキモだと思っています。というのが、例えば皆さんが、製薬企業の経営者だったとします。①がんの薬と②患者が世界に1000人しか居ない病気の薬、どっちを開発します?普通は、①ですよね? 新薬の開発には100億円以上かかりますので、患者が少なければ元が取れません。

 また、患者数少なければ、それを研究している人の数も当然少なく、その道の研究者が自分だけ!?なんてことにもなりかねません。中にはオンリーワンを好む方もいますが、多くの人は楽な道:多くの人が研究している分野を選びます。対象が多い、または、実際の数はそれほど多くなくても恐ろしさが多くの人に理解されているような病気は、○×対策という形で行政が必ず手を打ちます。が、患者さんの数が少ない珍しい病気というのは、放置されやすいのが宿命。

 難病対策要綱は、制度の狭間を少しでも埋めようという性質の対策であるということをご理解ください。

 昭和47年当時の難病対策要綱には、対策の柱として①調査研究の推進、②医療施設の整備、③医療費の自己負担の解消が掲げられていました。①と②については前にも書いたように、「多くの人間が問題と思っている病気はほったらかしにしても開発が進むが、稀な病気は無理」なために必要なもの。(ちなみに度々さくらでも話題に上るOSLに関する研究班は、①によって研究費をもらっているグループのことです。)

 ③「医療費の自己負担の解消」が一番私たちに解りやすい施策ですね。(かつては対象疾患が少なかったので、公費の対象となる病名が付いて申請すれば自己負担が無くなっていたんですが、徐々に対象疾患が広がってきたため「患者の自己負担の軽減」と変わり、症状と所得に応じて自己負担が発生するようになりました。)でも、これっておそらく実施している行政側と、恩恵を被る患者側とでの意識の差が激しい施策ではないか?と思います。

 というのが、そもそもどうして自己負担の解消(もしくは軽減)をするのか?難病の公費負担の事業名は「特定疾患治療研究事業」です。治療法ができていない「難病」に対して行われる治療は、残念ながら試行錯誤にならざるを得ません。言葉を選ばずにズバッと言えば、『患者の体を実験材料にして治療法の研究させてもらってるんだから、研究する側がそこにかかるお金を負担しますよ』ということ。患者が医療券をもらって公費負担が開始されるのが「申請日」であるのも、申請=「私に対して行われる治療に関する情報を、治療研究に使ってOKですよ」という契約を交わしたことに他ならないからです。

 こういう性質のものですので、「その病気自体の研究が進みそうな治療」だけが公費負担の対象となり、「その病気が二次的に引き起こしている症状に対する治療」は対象外。例えばOSLの場合、手術をすればOSLの治療研究は進みますが、痛みやしびれのための薬は単なる対症療法ですので治療研究には役立ちません。ですから「手術が前提ならば公費負担が受けられるが、手術する予定がないと申請が通らなかったりと軽快者になったりする」のです。

 患者の立場からしてみれば、「人よりも特別な病気にかかって苦しんでるんだから、医療費くらい払ってくれてもいいじゃないか」といいたいところですが(これを書いている私も軽快者となってしまいました…)、制度の性質から考えると次元が違う主張となります。

 今後、医療券を持っている人の自己負担増が叫ばれていますが、もしも反対意見を述べるならば、制度自体の見直しを訴求する必要があるのです。

 少々脱線しました。

 昭和後半から平成に至るまでの日本の変化を想像してみてください。敗戦のキズがそろそろ癒されてきて高度成長によって科学力が格段に進歩し、医療水準もぐぐぐっと上がっていった時代です。かつての医療の中心は感染症でしたので、その目標は「病気を治す」ことでした。感染症は、「病原体を退治すれば体が良くなる」という単純な構図ですのでこの当時はこれでよかったんだと思います。

 が、医療進歩によって感染症がある程度克服され、新たに顕在化してきたのが生活習慣病や認知症などといった慢性病。慢性病は「特定のどこかが悪いからこうなっている」という物は稀であり、「ここと そこと あそこがちょっとずつダメだから」という複雑な構図の病気が多いので治療対象が不明瞭。ゆえに、現代の医療の目標は次のようにシフトすることになりました。

 「病気を治す」 → 「病気と上手く共存する」

 そこで、平成1年に
 地域における保健・医療福祉の充実・連携(難病特別対策推進事業など)
要は、患者さんが出来るだけ自分の住んでいる地域で最先端の医療が受けられるような体制を強化しましょう という感じです)

 平成7年には
QOLの向上を目指した福祉施策の推進(難病患者等居宅生活支援事業)
(今治せないのは仕方ないとして、治療法が開発されるまでの間、患者の生活の質を向上させるための工夫をしましょう という感じです)

 という柱が加えられました。以上まとめると、

(1)調査研究 の推進(難治性疾患克服研究事業:対象は臨床調査研究分野の130疾患)
(2)医療施設等の整備(重症難病患者拠点・協力病院設備)
(3)地域におけ る保健・医療福祉の充実・連携(難病特別対策推進事業など)
(4)QOLの向上を目指した福祉施策の推進(難病患者等居宅生活支援事業)
(5)医療費の自己負担の軽減(特 定疾患治療研究事業)

 を5本の柱として、難病対策が行われています。

 実は、平成10年ごろに「重症患者に重点を置きましょう」という方針が打ち出されました。重点を置くには、お金が必要ですが、その財源を難病患者内でなんとかしようとしちゃったんですね。それ以前は全額公費負担で医療を受けられていたんですが、この方針により「軽症」と判断された方は・入院12000円/月  ・通院2000円/月 を上限とした自己負担を強いられることとなりました。

 この自己負担が払えず、生活保護を受給するようになってくれればいいんですが、自殺に追い込まれた方もいたと聞きました。こうした事情を改善するために、「所得に応じた自己負担」が平成15年から行われるようになりました。

 http://www.nanbyou.or.jp/entry/512#04

 このように、医療の進歩、社会事情に併せて難病対策も変遷しています。誰かがやってくれるのを待つのではなく、様々な請願活動を通じて我々が難病対策を作っていくことが重要なのです。

 「難病の患者に対する医療等に関する法律」が平成27年1月1日に施行されることとなりました。これにより、難病対策が法的根拠をもつことになり、さらに強化されていくものと信じています。